運営者プロフィール

森谷俊之

LibRu代表取締役

個人・小規模事業者向けのマーケティング・ブランディングのコンサルタント/セールスコピーライター

経営者の3つの課題「お金がない、時間がない、人材がない」は、シンプルな仕組みで解決できます。集客から販売までを自動化して、ビジネスを成長させていくための仕組み構築を支援します。

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WEBマーケター「森谷俊之」とは

こんにちは、森谷俊之です。

初めて僕を知っていただいた方のために、このページでは簡単に僕が歩んできたこれまでの経験を共有したいと思います。

今でこそ2つの会社を経営している起業家ですが、そもそも僕は24歳で大学院を卒業した後、企業で働く普通の会社員でした。

そこから30歳のタイミングで独立を決意したのですが、理想と現実は程遠く・・・

たくさんの挫折と失敗を経験してきました。

そういった僕の人となりをご紹介していきますので、ぜひ最後まで見ていただければ幸いです。

30歳で起業。そして暗黒期へ・・・

僕は30歳のタイミングで起業をしたのですが、その時期がまさに暗黒期。

当時は商品を売っても売っても利益が出ず、、、それこそ、忙しすぎて過労で2回も倒れるほどでした。

集客のために、ブログやSNSに毎日投稿をしていたのですが、フォロワーは全然増えないし、増えても同業者や怪しい業者だけみたいな、、、

ブログやSNSの更新に時間が取られてプライベートの時間を削ることになり、「いったい何のために仕事をしているんだろう?」と悩むこともよくありました。

「え!?お金がどんどん溶けていく・・・汗」

それで、何とか現状を抜け出そうと思ってあるセミナーに参加したら「これからの時代はWeb広告です!」というカリスマ風の講師からの説明があったんですね。

僕はその話しを鵜呑みにして、「そうか!Web広告を出せば濃い見込み客が集まるんだ!」と信じて、お金をかけてWeb広告を1ヵ月以上出し続けました。

しかし、蓋をあけてみると、、

とにかく申し込みにつながらない。売上にもまったくつながらない。

ただ広告費を垂れ流していくだけで、まったくと言っていいほど上手くいきませんでした。

今思えばある意味当然です。広告を出すだけで上手くいくはずなんて無いんですよね。

それで結局、売上はどんどん下がっていって、経済的にカツカツの状況に追い込まれていったんです。

そんな状況でも・・・ですね。周りの誰かに相談できれば良かったんですが、、、当時はそれもなかなか難しかったんですね。

というのも、ちょっと僕の背景を少しお話しすると、、、

もともとはANAのパイロット訓練生という経歴

僕は千葉大学の大学院を卒業したあと、全日本航空(ANA)のパイロット訓練生として社会人のキャリアをスタートさせました。

(クライアントさんにもこの話をするとかなり驚かれることが多いんですが、自分でも異色な経歴だと思いますw)

それでアメリカのベーカーズフィールドという砂漠のど真ん中で、ボナンザという単発機の操縦訓練を受けていたんですね。

ただ、この訓練がなかなか過酷で、、、一発で合格しなければいけない試験に、僕は一発で合格することができず、そこでパイロットとしての道が閉ざされてしまったんです。

会社としても給料を出しながら人材を育てているので、成長が遅い人を切っていくのはある意味しょうがないこと・・・。

結局、「ANAのパイロットになりたい」という夢はその瞬間に完全に閉ざされてしまった僕は、飛行機で日本に帰ることになりました。

(機内では毛布にくるまって声を押し殺しながら号泣していたのを、今でもハッキリ覚えていますw)

「リセットして消えちゃいたい・・・」と毎日思い悩む日々

やっぱり夢や目標って大事なんですね。

それがぽっかりと抜け落ちた僕はしばらく抜け殻のような毎日を過ごし、、、それこそ「いっそのこと消えちゃいたい・・・」と毎日考えるほど思い詰めていました。

(いま当時の写真を見返しましたが、完全に魂が抜け落ちていましたw)

ただ、そんな僕を家族や仲間が支えてくれて、次第に前を向いていけるようになったんですね。

それで、時間はちょっとかかっちゃいましたが、、、ちゃんと気持ちの整理ができて、心機一転して転職活動を開始。

ご縁があって、日立製作所にプロジェクトマネージャーとして内定をいただくことができました。

「よし!新しい環境でまた頑張ろう!」そう思えた矢先のことでした。

「森谷くん。さっそくだけど、配属変わるね(笑)」

出社日の当日に、いきなり配属部署が変更されてしまいました。

それも採用とぜんぜん違う原子力の部署にいくことに。

「えっ!?どゆこと??」ってパニックですよね(笑)

しかも伝え方が雑すぎ(笑)

待ち合わせだった通用門の入り口に着くと人事担当から「さっそくなんだけど、配属先変わるね(笑)」みたいな、、、

「ちょっとコンビニ行ってくるね」的なノリでサラッと伝えられたんですよね。

「はい???」って思ったんですけど、前の仕事を辞めて来ちゃってるもんだから、「話が違います!辞めます!」なんて言えるはずもなく、、、

僕はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、新しい部署での第二の社会人生活が始まったわけなんです。

不夜城で朝から晩まで働き続ける日々

しかも当時は3.11の後で、今思い返しても原子力関連の部署で働く環境は本当に厳しいものでした・・・。

僕が配属された部署は「不夜城」と言われるような部署で、、、

初日から連日、深夜12時を超えるまで働き、、、(もちろん歓迎会なんてありません。)

3カ月の間に上司2人は過労で倒れ、、、(一人は僕の目の前でゆっくりと倒れていきました)

新卒で入った若い子たちは、毎月のように退職、、、(それを毎月見送る入社したての僕)

気が狂いそうになりますよね(笑)

この地獄のような日々はこれだけでは終わりませんでした。

「このまえ挨拶した〇〇さん、昨日亡くなったって・・・」

ついには、忙しすぎて病院にいけないまま、持病が悪化して亡くなる方まで出てしまったんです。

しかもその方というのが、、、

ちょうど数日前に、「今後は 森谷くんの上司になる方だからね~」って挨拶をしたばかりの方だったので、僕はまったく理解がついていけませんでした。

そんな過酷な職場環境だったのですが、、、大企業ならではですかね。

翌日になると何ごともなかったかのようにまた仕事が始まり、、、新しい人員は補充をされて、、、そしてこれまで通りの忙しい毎日に戻っていくんですね。

「これが大企業の歯車」ということかと・・・痛感をする経験でした。

そんな生活を送っていくうちに僕は次第に世界がモノクロに見えるようになっていって、大企業の歯車の一部でしかないことに対して、メチャクチャ違和感を感じるようになっていったんです。

そして、30歳を迎えるタイミングで、僕は「これからの自分の人生は、ちゃんと自分でコントロールして、死ぬときに後悔しない人生にしよう!」と考えて、、、

当時副業で稼いでいたWebマーケティングの仕事で起業をしました。

売上は赤字・黒字を繰り返しジェットコースターのように浮き沈み

勢いよく起業したのは良いものの、売上はジェットコースターのように上がったり下がったり。

ある月は数百万売り上がって黒字だけど、ある月はおもいっきりマイナスで赤字みたいな、、、

そんな綱渡りのような生活に、次第に疲れも溜まっていくようになりました。

しかも売上を上げるためにと、当時は朝から晩まで働き詰め。

集客から営業、サービス提供まですべてを一人でやっていたので、片時もパソコンやスマホが手放せないような状態で・・・。

「自分が倒れたらヤバいな・・・」という漠然とした不安と戦う毎日でした。

それでふと将来を考えた時に、「このまま10年後、20年後も同じことを繰り返すのは無理がある・・・。」そう感じた僕は、先輩起業家からのアドバイスもあって、働き方を変えていくためにビジネスの仕組み化に取り組むようにしていったんです。

「働く時間は半分に、売上は2倍に」

これを目標に、今までやってきたことをどんどん仕組み化していきました。

例えば、

集客は自分でやらなくてもブログやSNSから新規客がやってくるように仕組みを作ったり、、、

営業は自分で説明をしなくてもお客さまが自ら動画を見て学び、そして興味を持って問い合わせをしてくれるように仕組みを作ったり、、、

セールスは自分がやらなくても商品が売れるように仕組みを作ったり、、、

自分が倒れても、自分以外の人が仕組みを回せるようにマニュアルやツールを整えたりと、、、

これまでやって来たことを、どんどん手離れできる仕組みにしていったんですね。

次第に『仕組み』が売上を上げてくれるように

そうやって一つひとつを形に残るように仕組み化していったところ、これまでは自分が全部をしなけれいけなかったものが、、、自分じゃなくても、仕組みで上手く回るように。

そのおかげで、働く時間を減らしても変わらずに売上を上げることができるようになっていきましたし、子育てや趣味の旅行などプライベートの時間もしっかりと取れるように変わっていきました。

自分の代わりに働いてくれる仕組みを作ることによって、人生の豊かさが一つ上がった瞬間でした。

僕が作っている仕組みの最大の特徴

仕組み化や自動化を教えている人は多くいると思いますが、僕が作っている仕組みの最大の特徴は、、、

『「人(アウトソーシング)」と「ツール」を組み合わせて仕組みを作るところ』

全部を他の人に任せるということはしませんし、全部をツールに置き換えるということもしません。

結局、適材適所なので「人」と「ツール」を上手に組み合わせながら仕組みを構築しています。

なので、社員ゼロでも1.2億を売上げましたし、固定費がほとんどかからずに筋肉質な基盤を作ることができています。

今現在の活動

僕自身、散々苦労してきたからこそ「お金が循環する仕組み」を作ることの重要性を痛感していますし、この仕組みがあることで人生が豊かになるとも感じています。

なので今は、これまでの知識や経験を使いながら、経営者の仕組みを作るサポートを行っています。

また、僕は自分がWebマーケティングを教えている方たちには、常に『仕組み化』を意識することをおすすめしています。

なぜかというと、振り返った時に何も形に残っていないと、いつまでたってもラットレースから抜け出せないからです。

年齢が上がると共に、体力も気力もどうしても低下してしまいます。

そうなったときに「しまった、、、もっと早くから仕組み化をしておけばよかった・・・」と気づいても後の祭りになってしまいます。

『今』こそが人生の中で一番若いタイミング。

だからこそ一つずつでもいいので、これまでやってきたことを仕組みとして残せるように体系化すべきだと思います。

僕が教えている人には、その人のビジネスにあった仕組みの作り方を示しています。これは、こうやって形に残していきましょうというロードマップのようなものです。

このロードマップがあることで、道に迷わずに一つひとつを仕組みに置き換えていくことができているのだと思います。

経済産業省が中小企業の倒産理由を発表しましたが、実に7割が販売不振。つまり売上げが不安定なことで倒産しています。

ビジネスは長期戦だからこそ、安定して売上があがる基盤を作るべきではないでしょうか。

そしてそのためにも、しっかりと勉強してセミナーなどにも参加して、知識をアップデートしていくのが重要だと思うのです。

最近は僕がやっているセミナーや講座に参加してくれた方が仕組みをどんどん作っていて、これまでは売上が不安定だったのに、今では毎月100~1000万の売上が仕組みで上がるようになったという方が数え切れないぐらい出てきました。

僕が話した内容やアドバイスが本人たちにとって一番いいやり方だったかどうかはわかりませんが、本人の努力によって自分に合った仕組みを作って実際に多くの利益を出しているという報告を幸いたくさん聞けているので間違っていなかったと胸をなでおろしています。

それだけプレッシャーも感じながらアドバイスをしていますし、そうするべきだと思っています。

これから先、僕自身も経営者として歩んで行きたいと思っていますし、常に新しい情報をキャッチして皆さんとともに成長したいと今でも強く思っています。

今の僕の活動内容や僕が推奨する仕組みの作り方などは、セミナーにてお話ししていますので、ぜひご参加ください。